櫛木城
訪問 2023年 11月
駐車場 無し
案内板 有り
今回はおまけ要素が強いのでサクサク進めます。
櫛木城は波田山城と関連のある城郭です。
道路沿いに設置された櫛木城案内板
場所はグーグル先生にお任せ
先ほどの現地案内板の内容を抜粋します。
櫛木城
「櫛木城」は建武の新政により信濃守護となり府中(松本市井川城)へ入った小笠原氏が、初め反小笠原氏勢力であった安曇野群西牧郷(梓川村)の西牧氏を押さえ、
また飛騨・木曾方面の勢力に備えるために、梓川谷の出口にあたる上波田山の光明山峰に「波田山城」を詰め城として再興し、根城には内城を造り、有力な櫛木氏の軍団を常駐させたものと推定される。
- 中略 -
「櫛木城」跡は、別名「西光寺城」跡とも呼ばれ、農村総合整備モデル事業による道路(上波田バイパス)開設前は「切岸」の遺構も現存しており
- 後略 -
実は、波田山城のルート案内にも載せてました。
緑色の〇の所が櫛木城の位置です。
バイパス建設前の遺構の確認の為 国土地理院先生に登場願います。
航空写真1961~69年です
今よりも段丘崖端に切り込む谷筋が少しだけ分かり易いかも。
地形を上手く利用した縄張りだったようです。
こちらは現地案内板掲載の縄張り図
それでは現状の櫛木城です。
とは言えバイパスから写真を撮っただけですが。
谷筋を利用した空堀の跡?
櫛木城郭内全景
現状は畑作地
河岸段丘側の切岸遺構。
いや、ほぼ自然地形でしょう、藪写真コレクションがまたしても増えました。
もうさっぱり判りませんね・・
櫛木城の評価は 1 とさせて下さい。
ここは単体で訪問せず、両城の役割を考えながら「波田山城」とセットで訪問するのが最適。
バイパス建設で破壊された遺構も気がかりですが、私有地で入れない畑の奥なら何らかの遺構が残されているかもしれません(半分願望ですが)
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