ちょっと山城に (正規運用版)

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今井城 (東京都 青梅市)青梅に残るマイナーな土のお城編2

今井城 (再訪編)

 

訪問 2025年1月

 

駐車場 無し

案内板 有り

 

 

前回の藤橋城とセット訪問した「今井城」編です。

こちらも15年振りの訪問となります。 

 

 舌状台地の先端部に普請された平城で、藤橋城と違い主郭・2郭・3廓と複郭の遺構が見られます。

 自治体の案内板もあり遺構として認識されてますが、公園整備はなされておらずより中世城郭の訪問を感じられる環境(ものは言いよう)です。

 

 

手軽に訪問できる都内の中世城郭

としては藤橋城よりも知名度は高いかもしれません。

 

今井城 主郭土塁遺構

 

今井城の歴史について

こちらも詳しい事は不明です。

伝承として土豪「今井氏」の城とされているようです。

 

農研機構で公開されている明治時代の

迅速地図

にギリギリ載ってますが、お城マークが付いておらず当時はあまり認識されてなかったようです。

 

 

現在の 場所はグーグル先生にお任せして

地図の左端には藤橋城があります。 両城の距離は1キロ少々と極めて至近。

 

 

では今井城に向かいましょう。

 

所で現地には駐車場はなく

青梅市郷土博物館HP

によると車は河辺駅周辺の有料駐車場を利用して下さい、との事ですが・・

ちょっと距離が有りすぎ。

 

と、いう事でお勧めはできませんが今井城東側の路肩に停めてしまいました。

郭3切岸の脇ですね。 

切岸、あんまり高くないですねぇー という感想。

 

ここで現地の縄張り図を掲載します。

 

 

縄張りの概要として

舌状台地先端部に位置し方形の主郭と、それを囲むように郭2・郭3が配されてます。

 

主郭を含む南東部が一部後世の破壊に遭って全体の縄張りが不明確になっています。

 

明確な虎口(城の出入口)郭2の北端に設けられている土橋と南側の虎口の2か所。

 

主郭の本来の虎口は破壊された南東側にあったと推測されるようで、北と西にある平虎口状の開口部は後世の破壊によるものと考えられるようです。

 

 

ややこしい話は以上です。

少し加筆しました。要点に番号を振ってます。

北側からだいたい番号順に反時計まわりに紹介します。

 

北側の道路沿いから撮影した郭3

足元の小川のような流れが水堀としての役割を果たしていた?? 

舌状台地と言っても比高差は少なく要害地形と呼ぶにはやや心細い地形に思えます。

 

1

郭2北側の土橋による虎口

画像は郭2側から北側に向けて撮影。

土橋も明瞭に残ってますね、郭3からの横矢も意識した凝った縄張り。

 

位置関係はこんな感じですね。

土橋の幅はかなり狭く(3尺程度か)搦め手側なのかな? と想像。

 

郭3側から土橋を見るとこうなります。

 

同じく位置関係。

言い忘れてましたが郭2空堀には土塁を伴ってません。

 

こちらは郭2から空堀を挟んで西側を撮影。

正面の雑木林も今井城の郭に見えますが明確な遺構はなし。

 

足元の空堀に降りて撮影。

空堀は直線ではなく、やや弧を描いて普請されてます。

 

折角なので雑木林の先を探索。

あれ 民家が出てきました。

 

ここに設置されてるのですね「今井城」の案内板

恐ろしく判り難い・・・

 

 

さて、引き返して城の探索に戻りましょう。

2

郭2から撮影した主郭西側の(偽)虎口

 

一見すると、空堀土橋を渡した平虎口に見えるのですが、後世土塁が突き崩された際に空堀に土砂が堆積して虎口に見えるようです。

 

確かに、1の土橋と違いメリハリがない。

 

3
南側の堀底に繋がる虎口

 

正面の土塁線から見ると

こうなります。

正面土塁を挟んで右側が空堀。 

左側(南側)が城外域方面。

 

矢印は城の外に出る時の動線ですね。

ここが正面(大手口側)? と妄想想像しますが

 この画像背後は、遺構が破壊されているのでよく判りません。

 

少し飛ばして

こちらは主郭全景

かつては全周土塁で囲まれていたと思われます。

 

今でも土塁は高い所で2m程度はあります。

 

主郭東側の破壊された箇所。

土砂の採取でしょうかね、削り取られたような地形で事前の知識がないと切岸に見えてしまいそう。

 

こちらは主郭北側から撮影した郭3

空堀が深いです、この辺りの遺構が最も明瞭。

 

早速空堀に降りてみます。

撮影は1土橋方向、そのまま堀底を土橋まで移動します。

 

空堀の交差点に到達しました。

中世城郭マニアとして堀底巡りはやはり外せない。

 

位置関係はこうなります。

 

同じ空堀でも堀底に高低差を付けて絶妙に見通しを悪くする仕上げ方。

 この「寄せてに対しての悪意」が素晴らしい。

 

 

場面を変えて

郭3の内部の様子。

ここは他の郭と比べてちょっと特殊です。

外周の土塁によってほぼ平場がない状態で、郭ではなく単に堀底ではないのか? 

とも思えます。

 

道路面を覗き込んで撮影。

伏兵を潜ませるとか? 戦時にしか使用されない戦闘用の郭でしょうかね。

 

 

 

 

今井城の紹介は以上ですが 

以下はおまけ

城の西側、住宅地を進みます。

 

 

実は今井城には外郭部が存在していたとも言われており

占地する舌状台地には西側に切れ目があって、そこまでが本来の城域とも考えられてるそうです。

 

なので

このラインですかね?

他にも切岸じゃないのかな? と思えるような地形もあって、これはこれで面白い。

 

ここまでが城域ならば、相当な規模の城郭ですね。

 

 

 

今井城の評価は 3 とさせて下さい

 丹念に縄張りを考えながら探索すると随所に技巧的な工夫が見られ、在地の土豪がポッと思い付いて普請したとは考え難いという印象を受けました。

 

 青梅と河越方面を繋ぐルート上の位置を考えるともう少し大規模な勢力による普請を考えても良さそうに感じられます。

 

 単純に防衛だけを考えるなら、北側の山中に城を普請した方が良いでしょう。

わざわざ比高差のなく要害性の低い舌状台地に城を築くにはそれなりの理由があった とも考えられそうです。

 

 

 

今井城とセットで訪問がお勧め

kurokuwa.hatenablog.com

 

全体の記事検索はこちら

kurokuwa.hatenablog.com

 

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