赤塚城
訪問 2022年12月
駐車場 無し
案内板 無し(標識のみ)
「沖山の塁」と同じく赤塚公園に残る中世城郭「赤塚城」の紹介です。
こちらは公園HPにも紹介があるように歴史的にも遺構的にも沖山の塁よりも城らしさを感じさせられる遺構が残ります。
「赤塚城」主郭に建つ標柱
赤塚城の歴史については現地の案内板の内容を転記します。
武蔵千葉氏と赤塚城跡
下総国の守護千葉氏は、古河公方足利成氏と関東管領上杉家とが争った享徳の大乱に巻き込まれ、一族で骨肉の争いを繰り広げました。
康正2年(1456) 成氏方の軍勢に攻め込まれた千葉実胤・自胤兄弟は、上杉家の助けを受け、市川城を逃れて赤塚城と石浜城(現台東区)へ入城しました。
寛正4年(1468)に 兄の跡を継いだ自胤は、太田道灌に従って各地を転戦、現在の和光市や大宮市、足立区内に所領を獲得するなど、武蔵千葉氏の基盤を築きました。
その後、武蔵千葉氏は、南北朝以来の領主であった京都鹿王院の支配を排除するなど赤塚の支配の強化に努め、北条氏が武蔵国へ進出してくるとこれに従い、豊臣秀吉に滅ぼされる天正18年(1590)まで勢力をふるいました。
城は荒川低地に面し、東と西に大きく入り込んだ谷に挟まれた台地上にあります。
その縄張りは、地形の観察等から都立公園の広場部分が「1の郭」、梅林の部分が「2の郭」、そしてその西側が「3の郭」とする見解もありますが、正確な事はまだ明らかとなっていません。
室町~戦国初期の城郭という認識でいいかと思います。
古いタイプのお城ですね。
では いつものように国土地理院先生のお出ましです
新大宮バイパスで隔てられてますがこちらも赤塚公園の敷地内です。
「赤塚城」は前回の「沖山の塁」と同じく、荒川に面した崖端地形を利用した縄張りを持ちます。
東西に谷戸が入り込む舌状台地の先端を「1廓」とし、空堀を挟んで台地側を「2廓」、谷戸を挟んだ西側に「3郭」を擁します。
ただ 現在の航空写真では分かりませんね。
ではまたタイムスリップしましょう。
1945~1950年頃の航空写真です。
3方を水田に囲まれた舌状台地が見て取れると思います。
「1廓」と「2廓」隔ていた空堀は、この頃には既に失われていた事も同時に分かります。
こちらは使いまわしの赤塚公園案内図
右端の城址地区が赤塚城、前回掲載の沖山の塁とは徒歩圏内にあります。
適当な縄張図が無かったので加筆してざっくり説明。
赤丸3つの内
赤塚城址公園広場が1廓
梅林が2廓
赤塚5丁目が谷戸を挟んだ3廓
矢印と番号順に紹介します。
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崖下から見上げた赤塚城の「1廓」
都市公園の様相ですが とにかく上がりましょう。
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遊歩道を辿ります。
当時の登城ルートとは無関係に思われますが、崖とは言えない緩やかな坂道。
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「赤塚城址広場」こと赤塚城「1廓」の全景。
現状は芝生広場の様相ですが、郭内部は城らしさは余り感じませんね。
「1廓」に建つ赤塚城本丸跡の標柱。
隣に赤塚城の解説文が掲載されています。
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こちらは「2廓」の様子。郭内部は梅林で立ち入りは制限されてます。
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「1廓」と「2廓」を隔てていた堀は消滅したものと思い込んでましたが
それらしい痕跡は残されています。
これ、空堀じゃないですかね?
かなり浅くなってますが。
2廓から東側の旧荒川低地方向を見下ろして撮影。
崖端地形を利用しながらも、地形的にはさほどの険しさが無いんですね、ここも。
崖面を削り込んで切岸に仕上げる等、大きな普請が施された痕跡はありません。
立ち入り禁止ですが緩い斜面の様子は伝わりますかね?
段郭を設けるとか、そのような地形も見当たらず。
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「1廓」「2廓」と「3廓」を隔てる谷戸に降ります。
ここも崖端地形とは言えないほどの緩斜面。
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谷戸から「1廓」を見上げると斜面に竪堀が。
お城らしいパーツがあると ちょっとうれしくなります。
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谷戸を辿って公園出口へ
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「3郭」を見上げながら道路を歩きます。3郭は私有地で入れません。
ここも緩斜面が道路に沿って続くだけで明確な遺構はありませんね。
基本的に赤塚城は自然地形をそのまま利用する事が多いようです。
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ぐるっと回り込んで「3郭」の台地続き部分です。
宅地化も進んで城域は曖昧ですね。
この道路が城の南端部をなぞっている可能性もありそうですが。
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ここから先ほどの谷戸に降ります。
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谷底の1本道を進みます。
ロープの外側は立ち入り禁止と書かれています。
奥に切岸が見えますが・・う~ん 立ち入り禁止なので近づけません。
ここが一番城らしさを感じます。
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ここからはおまけです。
セブンイレブンの方に降りて
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赤塚「不動の滝」を見学します。
説明はこちらで現地案内板で代用します。
こんな住宅地に湧水が残っているのがちょっと不思議な気分ですね。
城の飲用水にも用いられてきたのかもしれませんね。
赤塚城の評価は 3 とさせて下さい。
自然の段丘崖面の地形を最大限利用した赤塚城、城郭パーツをふんだんに用いた城ではないので、あれこれ期待して訪問すると拍子抜けするかもしれません。
古いタイプのお城として、城郭の発達と「沖山の塁」との関連をあれこれ妄想しながら訪問すると丁度いいかと。
また今回は時間の関係でパスしましたが、赤塚城まで行ったら東京大仏もセットで見学するのがお勧め。
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