ちょっと山城に (正規運用版)

ヤフーブログからの避難民です

伊王野城 (栃木県 那須郡 那須町)1

伊王野城

 

訪問 2024年 2月

   2024年 12月

 

駐車場 有り

案内板 有り

 

 

那須七騎」の城、二つ目は伊王野城(いおうの城)。

 

所で、伊王野城のある下野国戦国史に於ける印象はどうでしょうか?

 

あまり印象にない?? 

 

戦国史に於いて突出した話題のあがるエリアではありませんが(地元の方スイマセン)

伊王野城の遺構は決して侮れないどころか、そんな薄い印象を悔い改める事間違いなし(個人の感想ですが・・)の良い城郭です。

 

 

伊王野城 大堀切

 

 

伊王野城とその主である伊王野氏

あまり知られた存在ではないので早々に現地解説内容を掲載します。

 

 

伊王野氏の山城跡

 

 山城跡は、全体で約20haにも及び三蔵川・奈良川・根岸川の合流点内側に、北から南に続く丘陵を利用して造られています。

「霞ヶ城」「伊王野城」の別名もあります。

 

 伊王野氏は、鎌倉時代の初期に初代資長が、現在の伊王野小学校の地に居館を構えてから室町時代後期の12代資保まではそこを拠点としていました。

 13代資清の頃にこの居館の後背の丘陵を利用して山城を築き移ったと言われています。

 資清の代より寛永4年(1627)22代の資友までおよそ150年間に渡って伊王野氏歴代の居城でした。

 

 この城は極めて大規模で、幾重にも空堀を設けたり、土手を削って平場にして自然と人工を上手に組み合わせています。

 

 「遠見の郭」は標高370mで最も高く、軍事・交通等の要所に位置しています。

 特に近隣の大関・大田原氏の台頭以前は北那須地方の中心的な城でした。

 

 

伊王野氏のリンクも貼っておきますね。

ja.wikipedia.org

 

 

 

場所はいつものグーグル先生にお任せ

 占地としては、本確的な山城というより集落の裏山を利用した丘城に近いのは前回の芦野城と同じ。 両城は数キロの距離なので一緒に訪問がお勧めです。

 

 何故なら両城共に幹線国道の294号沿いですが、近くに高速や鉄道はなく案外訪問しにくい位置ですね。

 

 

 

こちらは国土地理院先生 伊王野城付近の「傾斜量図」

傾斜量図を用いると伊王野城の縄張りがぼんやり浮かび上がります。

何故こんな物まで掲載するかと言いますと

 

 

現地の推定縄張り図が少々問題ありまして・・

お団子が連なったようなイラスト  さすがにざっくりしすぎでしょ。


右下の復元想像図が詳しいのですがおまけ扱いなのがちょっと

復元想像図に訪問ルートを加筆してます。

これはこれで実際の縄張りと結構違うところがあるんですね。

 

そこで

傾斜量図に縄張りと思しきラインを強調してみました。

 

 丘陵上の小ピークに本丸を配置し

南北の稜線続きのラインに北郭・2郭・3廓と主だった郭で縦深性を持たせてます。

東西の地形的に縦深性を持てないラインには横堀と、支尾根には多重堀切を配して防禦力を持たせるなかなかに凝った縄張り。 

 

こちらは遺構と紛らわしい林道・車道を加筆したモノ。

公園駐車場は西側の谷地のにあります。

 

 

 

うんちくが長くなったのでそろそろ伊王野城に向かいましょう。

こちらは伊王野城を南側から撮影した全景。

スタート地点は「道の駅 東山道伊王野」

 

michinoeki-tosando.jp

ここから歩いて登ります。

 

 

本来、公園に駐車場があるのでだいぶ遠回りですが・・

あっ、ここが本来の駐車場の入口。

294号沿いに建ってますが別名の「霞ヶ城」表記になっていので注意が必要。

 

 

公園駐車場は、数日前に降った雪の為

ツルツルでノーマルタイヤでは無理でした。

 

 

そんな訳でやむを得ず道の駅から歩いたのですが、これはこれで正解。

案内に従って集落を進むと城下町らしい県道のクランクなども確認できます。

 

ほどなく

麓に残る伊王野氏の居館跡とされる遺構の土塁が目に入ります。

居館内には平成28年に廃校となった「伊王野小学校」がありました。

 

校舎は取り壊されて土塁だけが残ります。

手前の用水路は水堀の跡とも考えても良さそうでは?

敷地内は現在でもグラウンドとして利用されているようです。

 

土塁線の向かいに伊王野城の入口があります。

居館跡の向かいなの本来の大手口に当たるのでしょうね。

 

丘陵の取り付き、ここから山城らしい地形になります。

 

中腹にある馬頭観音堂」

ちょっとした平場になっているので段郭の名残とも考えられそうです。

 

道は馬頭観音の裏手から更に登ります。

 

振り返ると旧居館跡のグラウンドが一望

 

そしてこのルートには

城の遺構とは無関係ですが幾つもの石仏が並べられています。

公園整備の一環でしょう。

 

クランクしながら標高を稼ぎ・・・

 あれ、これは正面の切岸を迂回するような動線です。

 

支尾根を断ち切る堀切遺構。

判り難いですが・・

 

もっと分かり難いかも?

他にもよくよく注意深く観察すると伊王野城の遺構と思しき地形が散見されます。

こんなのを宝探しのように見つけるのも楽しい・・

 

さて

標高を上げて稜線に近づきました。

この辺りまでの山腹の登山道がどこまで城と関連があるかは不明です。

 

郭の連続する稜線に到達。

画像は稜線に出てきた所を振り返って撮影。 

石碑右側が稜線ルートで奥が3廓、その右側に下りの分岐がありそこから登ってきました。

位置としては、3廓西側の支尾根沿いですね。

 

 

一旦背後の尾根の西端を確認してから、主郭方向を目指します。

石碑の先は林道終点部で、現状伊王野城の遺構を分断しています。

ただ、車での訪問ならここに停めてしまうのが一番楽でしょう。

 

林道終点部から西側を撮影。

左手の尾根筋にも遺構がありますがひとまず後回し。

右手の雪に覆われた平場は公園駐車場。

 

それでは3廓に向かいましょう。

 

切岸の脇を抜けて

 

3廓手前の小郭の全景

 

3廓南側の切岸面。 登山道は旧段郭か何かの遺構かもしれません。

 

虎口を登ると3廓。 内部は芝生広場のように整備されてます。

山上の郭とは思えないほどの広い空間が確保されてます。

 

振り返って虎口を撮影。

 

ぐるり3廓周囲に巡らせた土塁線が見事の一言に尽きます。

 左下の切岸ラインも斜面の凹凸が削り込まれて滑らか、大規模な土木工事が窺えます。 

 

 

実は

公園として整備されているのはこの辺りまで。

この先は、山城訪問らしさが全開になりますがきりが良いので

 

 

伊王野城2 に続きます。

 

全体の記事検索はこちら

kurokuwa.hatenablog.com

 

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村