小田原城 総構
訪問 2018年 2月
駐車場 有り(城山公園Pを利用)
案内板 有り(部分的)
土の城と言えばやはり後北条氏は外せないでしょう。
その北条氏のお城で筆頭と言えば本城である小田原城、7年振りの続編になります。
前回は時間制約の関係で小峯の大堀切 のみの中途半端な内容に終わってました。
で、いよいよ徹底的に小田原城の紹介ですか? と訊かれれば今回も違います。
戦国最大級の巨大城郭を一度に見切れる訳もなく、丘陵地に散在する総構えに絞った見学になっております。

小田原城 総構 稲荷森
場所は以下のURLを参照して下さい。
所で 皆さんは「城」という言葉にどんなものをイメージしますか?

ちなみに個人的に「城」と言えばこっちです。
江戸時代初期、石垣造りの近世城郭に整備される際に、城の規模が縮小されました。
但し、中世期の遺構は近代の市街地化の波に多くが埋もれ、現状は北西方面の丘陵地帯と一部が市街地に散在する程度となっています。

こちらは現地八幡古郭付近に掲示されている縄張り図です。
中心部に石垣造りの近世城郭部分、線路を挟んでその背後の丘陵地に八幡古郭と呼ばれる旧小田原城中枢部が控えてます。
それらと城下町、北西部の丘陵地を全てカバーする形で「総構」と呼ばれる外郭防禦ラインが構築されています。
全長9キロとも言われる総構えはあまりにも有名ですが、これは豊臣軍の侵攻に備えて築かれたものであって、稼働して期間は極僅かに過ぎません。

こちらは 地形をざっくりと地図に落とし込みました。
オレンジの範囲は丘陵地になります。
箱根外輪山から延びる尾根筋が小峯の大堀切の所で三又に分岐し、両翼は総構えのラインに、中央のラインはそのまま小田原城の中枢部に至ります。
つまり、北西部の総構えで唯一地続きになっているポイントが小峯の大堀切になります。
ここを突破されるともう城の中枢まで一気に到達されます。その為に小峯には3重にもなる大堀切で厳重に遮断されてます。

車をここの駐車場に停め、総構えの残存遺構を順に廻る事にします。

この辺りは7年前にも取り上げましたのでサラッといきます。
大堀切は手前から「東堀」「中堀」「西堀」と分かれていますが、これは東堀の土塁線の様子。
最も保存状態が良い堀切です。土塁の切れ目から堀切内部へ邪魔します。

北条氏が存亡を掛けて掘って掘って掘りまくった大堀切は半端な規模じゃないですよ。

この案内、以前は無かったですねぇ。
と、言いますか前は私有地で入れなかったですね。

細い回廊を通って西堀に行けるようですが、実際には民家の門扉があって私有地につき立ち入り禁止って書いてあるんですね。
これはやっぱり駄目なのかなぁ と警戒しつつこの時は入ってません。


歩道の先が崖線になってますが、これが総構えの防衛線になります。

堀は意図的にクランクされてますね。

総構の内側から撮影した小峯大堀切「西堀」の土塁線を遠景から撮影した画像。
土塁を石積みで補強してあるのは当時の物なのかは不明です。

総構え尾根筋上は平坦な畑作地になっています。
ちなみに、道は大変狭く車を停める余地はありません。

3の辺り。
狭い舗装路をしばらく歩くと「総構稲荷森」の傾いた標柱があります。標柱に従い畑の中を進みます。


この防衛ラインは谷津丘陵の崖端地形を上手く利用して造られています。

足元を見ると堀底は遥かに下。ちょっと怖い位です。

土塁の嵩上げもあるので余計高低差があります。








私有地の為 ここから撤退です。

総構え山ノ神堀切。
堀底は埋められますね、かつては総構えのある谷津丘陵を分断していたようです。


保存されてない総構えの現況です。
地形としては総構えの切岸は明瞭に残されてますが、堀は消滅しているようです。



赤丸の所に天守閣の屋根が僅かに見えます。
赤丸から右手の森が八幡古郭のある尾根筋のライン。 高低差のある地形が判りますか?
小田原城総構2に続きます。
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