またしても久しぶりの更新です。 もうちょっと頻繁アップした方がいいのは・・解ってるのですが・・
今回取り上げる 「箕輪城」 は、城好きには有名ですし 今更解説不要でしょう。 なのでお城についての歴史
はごく簡単に済ませます。(実は結構面倒なので・・)
- 3の丸石積 -
現地の解説等によると
過剰書きにしましたが 城主は目まぐるしく変わってます。 が
個人的にはやはり 箕輪城と言えば長野業政かと・・
搦め手口(城の東側)の駐車場に車を停めて 訪城します。
写真右手が城内部で 土塁が手前から奥に走っているのが解ると思います。
写真左手が搦め手口 中央は堆積物で埋まった空堀の痕跡です。
縄張り図右上が搦め手口です。
全体としては平山城・もしくは丘城と呼べる十数メートル内外の比高差の台地上に築かれてます。
それを 人力でひたすら掘って掘って掘って掘って堀抜いて構築してます。
更に先ほどの画像の様に台地周辺の低地まで堀で囲み城域を拡大しています。
比高差は10数メートル位の坂を上がると本郭へ繋がらる馬出しに出ます。
土橋の先は本郭です。
・・何故か搦め手から進むとすぐに本郭に入れる構造です。
土橋上から空堀を撮影 2の丸と本郭を仕切ってます。
鍬鋤で掘った労力はどれ程なのかこの巨大さでは・・・でも ここまで掘っても落城したのも凄いですね。
本丸に入るとある石碑です。 このアングルの写真って半ば御約束的??
本丸内部は草原になってます。 周囲を巡る土塁は腰巻(足元)に石積みが施してありました。
草原の下には当時の屋敷跡の遺構が埋まっているようです。 その航空写真。