ではでは山家城の続きと参ります。
ちなみに山家城は今回を含めて2回に分けての紹介となります。
再び登場の縄張り図ですが、今回はⅠの主廓から東側、緑色のラインに沿って紹介します。
青ラインは帰りのルート、最後に紹介します。
Ⅰの主廓から一段下がった腰廓より見上げて撮影。
切岸面の最上段部に石積み遺構が存在します。
因みに、足元の丸太はベンチです。
そして撮影ポイントの背中側が青ライン帰りルートの始点となります。
同地点よりズームして石積みを撮影。
個人的には江戸期の綺麗な石垣よりもこっちの方が好みですね。
Ⅰの主廓南東側に移動しますと・・見事な石積みが現れます。 これが素晴らしいの一言。
石積みの高さは2m位ですかね。
よく400年以上も残っていたものです。
石のアップ。 苔に覆われていないのは日当たりが良いからですかね?
石積みはさて置き、Ⅰの主廓内部にお邪魔します。
広さは画像の通り、ささやかな広さでしかありません、土塁の脇に祠があります。
城についての解説板が設置されています。
先ほどの石積みを土塁端から撮影。 土塁をかき上げて石を積んでいるようです。
僅かに見える眼下の様子。 現在は樹木が良く茂っていて余り眺望は良くないですが、当時は良く見えたと思われます。
秋葉神社を目指します。 その前に別アングルから1枚撮影。
石積みのⅠ主廓を過ぎると、5重に続く堀切が控えています。
これは一本目だと記憶。
2本目だったか・・連続堀切箇所は秋葉神社側に向かってぐいぐいと標高を上げていきます。
3本目か? 画像奥がⅠの主廓側です。 もうかなり登ってきてます。
4本目? だいぶ曖昧ですが・・それにしてもどの堀も角度が鋭いんです。
堀底に堆積物がそれ程積もっていないのでしょうか。
5本目だと思います・・自信ありませんが。
結局5本全て載せてしまいました。
実はここが個人的には一番のお気に入りポイント。
ここ、5本共にかなりの土木量を投入しているが判ります。
尾根筋に巨大堀切を5本も切り刻む執念には凄まじさを感じます。
所で、堀切の両端はそのまま竪堀になっています。
竪堀は、現地でははっきり判る遺構でも、撮影すると只の藪々画像になってしまうのですが、ここは違います。これだけはっきりと写るのはかなり貴重。
秋葉神社のある廓の様子。
社殿の所だけが一段高く盛土されています。
参拝者・・いるのですかね? かなり荒れてます。 獣除けの柵越えて山道登り堀切を何段も越えてやっと参拝できる神社じゃ気軽に参拝できませんよね。
お社の裏側には堀切が1本渡してあります。
ここは5連堀切に比べると浅く狭く、ささやかな規模。
堀切渡った先の廓Ⅳ。縄張り図ですとカチッとした廓形状で描かれていますが、実際の印象としてはメリハリがないと言いますか中途半端に造成された平坦地ですかね。
廓Ⅳ側から撮影した廓Ⅴ側に対する土塁。
それでもこのような土塁は残されています。
廓Ⅴから撮影した廓Ⅳ。
実はここで引き返してしまいまして・・・堀切のGを見落としております。
ここからは帰りの青ルートの紹介です。 丸太ベンチのある廓から尾根道を見下ろした所です。
まぁ、かなり急勾配ですが道は続いていそうです。
しばらくはひたすら尾根筋を真っすぐ下ります。
途中石積みとか見ましたが道が険しいので全てパスしてます。
降りると次第に道筋が曖昧となり、遂にこの鳥居の前で途切れていました。
鳥居はこの支尾根の先端部と思います。
何でしょうね、この参道を塞ぐような倒木は・・仕方がないので矢印のほうに適当に降りてみました。
矢印の様に適当に降りると麓に小さなお社がありました。
このルートで山家城に向かう際の目印になると思われます。
フェンス沿いに進んでPに戻ります。
枝が邪魔です・・ここは道じゃないのかも。
やっと戻れました。
尋常ではない位にこの時疲れてます、そして日頃の運動不足を痛感してます。
登る前にはこの後に林城も行ってやろうかと思っていたのですが、無理でした。既に心が折れています。
では、足腰に負担のない城なら立ち寄れるかな・・と思い立ち急遽ですが北熊井城に向かった次第です。
山家城の評価は 4 とさせて下さい。
車を停めて登り始めたのが朝の9時、そして山家城を縦断して車に戻ったのが12時でした。 所要時間は3時間かかっています。
城のある尾根筋までの登り降り、高低差の激しい尾根筋に展開する長大な縄張り等、時間のかかる要素が多くあります。
そして、かなり山深い立地ですので訪城時間には余裕を持たれる事をお勧めします。
それでも尚 遺構自体は期待以上でした。山の上にひっそりと残る巨大石積み、これでもかと連続で構築された堀切等、見所と呼べる所は枚挙に暇がありません。
城単体での評価ならば5ですが・・今回は訪問しずらさを考慮して4と致します。